最終更新: 2026-09-10
「水産物にQRコードを付けて産地情報を読み取れるようにすると、魚価が1割程度上がる」──こんな調査結果があることをご存じでしょうか。一方で、日本の水産物トレーサビリティは全魚種を対象にした法的義務ではなく、現時点で法律に基づく対象はアワビ・ナマコ・うなぎ稚魚・サンマ・イカ・サバ・マイワシなど一部の魚種に限られています。2026年4月からは太平洋クロマグロの大型魚も対象に加わり、制度は着実に拡大しています。
「水産物のトレーサビリティとは具体的に何をする仕組みなのか」「どの魚が対象で、どの魚は対象外なのか」「MSCやASCのエコラベルとは何が違うのか」。こうした疑問に、水産ナビ編集部が水産庁の公表資料と業界動向をもとに答えます。
この記事では、まずトレーサビリティの基本的な仕組みを整理し、次に水産流通適正化法に基づく対象魚種と2026年の制度拡大、QRコードなどの実装事例、MSC・ASC認証との関係を順に解説します。最後にトレーサビリティの仕事や関連分野に関心がある人向けの情報とFAQをまとめました。
水産物トレーサビリティとは?基本の仕組みを解説

水産物トレーサビリティとは、水産物が「いつ・どこで・誰によって獲られ(または育てられ)、どのような経路で流通したか」を追跡できる仕組みのことです。「トレース(追跡)」と「アビリティ(能力)」を組み合わせた言葉で、生産段階から消費者に届くまでの流通経路を記録し、後から遡って確認できる状態を指します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 目的 | 違法・無報告・無規制(IUU)漁業の排除、食品安全の確保、付加価値の向上 |
| 対象範囲 | 漁獲・生産段階から加工・流通・販売までの全工程 |
| 主な手段 | 漁獲証明書、ロット番号管理、QRコード、ブロックチェーン |
| 根拠法(国内流通) | 水産流通適正化法(2022年12月施行) |
| 根拠制度(輸入) | 適法採捕証明書の添付義務 |
なぜ今トレーサビリティが求められているのか
世界の漁業・養殖業生産量は過去最高を更新し続ける一方で、IUU漁業による被害額は世界全体で年間2兆8,000億円規模に上るという試算もあります。違法に獲られた水産物が正規の流通に紛れ込むと、資源管理の努力が無駄になるだけでなく、正規の漁業者が不利益を被ります。こうした背景から、水産物の出どころを追跡できる仕組みの整備が、国際的にも国内的にも急務になっています。
水産流通適正化法:対象魚種と2026年の拡大

日本では2022年12月に「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」(水産流通適正化法)が施行され、対象魚種を漁獲する際に漁獲証明書の発行が義務付けられました。ただし、全魚種が対象になっているわけではなく、対象は段階的に拡大している途中です。
対象魚種の一覧
| 区分 | 対象魚種 | 適用のタイミング |
|---|---|---|
| 特定第一種水産動植物(国内流通が対象) | アワビ、ナマコ | 2022年12月施行時から |
| 特定第一種水産動植物(国内流通が対象) | うなぎの稚魚(全長13cm以下) | 2022年12月施行時から |
| 特定第一種水産動植物(国内流通が対象) | 太平洋クロマグロの大型魚(30kg以上) | 2026年4月1日から追加 |
| 特定第二種水産動植物(輸入時が対象) | イカ、サンマ、サバ、マイワシ | 輸入時に適法採捕証明書の添付が義務 |
アワビとナマコが最初の対象に選ばれたのは、密漁が横行しやすく資源管理上のリスクが高い魚種だったためです。うなぎ稚魚(シラスウナギ)も違法採捕・密輸が長年問題視されてきました。2026年4月からは資源管理の重要性が高い太平洋クロマグロの大型魚も加わり、対象の裾野が広がっています。輸入時に証明書が必要な4魚種(イカ・サンマ・サバ・マイワシ)は、外国船による違法操業のリスクが指摘されてきた魚種です。輸出入をめぐる水産物流通の全体像は水産物輸出の現状でも解説しています。
対象が限定的である理由と今後の課題
水産流通適正化法の対象は現時点で数魚種にとどまっており、環境保護団体などからは「IUU漁業対策として実効性を持たせるには、将来的に全魚種へ制度の対象を拡大することが必要」という指摘が出ています。日本の漁獲量は数百種にのぼるため、すべてを一度にトレーサビリティ対象にするのは行政・現場双方の負担が大きく、密漁・違法操業のリスクが特に高い魚種から順に対象を広げていく、という段階的なアプローチが取られています。
トレーサビリティの実装方法:漁獲証明書からQRコードまで

トレーサビリティを実現する具体的な手段は、法律で義務付けられた紙・電子の証明書から、消費者向けのQRコードまで幅広く存在します。
| 手段 | 対象者 | 内容 |
|---|---|---|
| 漁獲証明書 | 漁業者・産地市場 | 水産流通適正化法の対象魚種を漁獲した際に発行する法定書類 |
| 適法採捕証明書 | 輸入業者 | 特定第二種水産動植物を輸入する際に添付する証明書 |
| ロット番号管理 | 加工・流通業者 | 原料の入荷から製品出荷までを一連の番号で紐づける社内管理 |
| QRコード・二次元コード | 小売・消費者向け | パッケージのコードをスマホで読み取り、産地・漁法などを確認できる |
| ブロックチェーン | 水産卸・IT事業者 | 改ざんが困難な形で流通記録を保存し、複数事業者間で共有する |
QRコードで魚価が1割上がるという調査結果
消費者向けの取り組みとして注目されているのが、パッケージにQRコードを印刷し、スマートフォンで読み取ると産地・漁獲日・漁法などの情報が確認できる仕組みです。水産物に関するトレーサビリティ情報がQRコードで簡単にわかると、魚価が1割程度上昇し購買意欲が高まるという調査結果が報告されています。産地や生産者の顔が見える情報は、価格競争になりがちな鮮魚売り場での差別化要因になり得るということです。ブロックチェーン技術を使ったサービスでは、スマートフォンやタブレットでQRコードを読み込み、あらかじめ登録したデータを呼び出すだけで簡単に記録できる仕組みも実用化されています。
> 編集部メモ: 産地市場の関係者に話を聞くと、「証明書自体は以前から書いていたが、電子化されるまでは船上でのメモと紙の書類を後から突き合わせる作業に時間を取られていた」という声がありました。現場では、トレーサビリティの重要性は理解しつつも、漁の合間に記録を残す作業負担をどう軽減するかが実務上の課題になっています。
MSC・ASC認証とトレーサビリティの関係

水産エコラベルとして知られるMSC認証・ASC認証も、トレーサビリティの仕組みを土台にしています。両者の違いを理解すると、水産物の認証制度全体が見えやすくなります。
| 項目 | MSC認証 | ASC認証 |
|---|---|---|
| 対象 | 天然の水産物(漁業) | 養殖された水産物(養殖業) |
| 評価する対象 | 海や川、湖で自然に育った魚介類を獲る漁業 | 人間が管理する環境で育てる養殖業 |
| トレーサビリティの仕組み | CoC(Chain of Custody)認証で認証水産物と非認証品の混在を防止 | 認証原料のトレーサビリティ確保を義務付け |
| 消費者向けの表示 | 海のエコラベル | 養殖版エコラベル |
MSC認証を取得した漁業で獲られた水産物を「MSC認証品」として流通・販売するには、加工・流通の各段階でCoC認証を取得する必要があります。これは水産流通適正化法の漁獲証明書と似た発想で、認証された水産物が非認証の水産物と混ざらないよう、流通経路全体を追跡可能にする仕組みです。ASC認証も同様に、認証された養殖原料のトレーサビリティ確保を要件に含んでいます。つまりエコラベルは「資源管理・環境配慮の基準を満たしているか」を評価する制度であり、トレーサビリティはその基準が守られていることを裏付ける手段という位置づけになります。魚市場での取引の仕組み全体は魚市場の仕組み、流通全体の流れは水産物流通の仕組みで解説しています。
詳しい統計データは水産業界データまとめページをご覧ください。
トレーサビリティに関わる仕事とキャリア
水産物トレーサビリティの広がりは、水産業界に新しいタイプの仕事も生み出しています。
| 関わり方 | 概要 | 向いている人 |
|---|---|---|
| 産地市場・漁協での証明書発行業務 | 漁獲証明書の作成・管理を担当する事務職 | 水産物の知識を活かした事務系の仕事をしたい人 |
| 水産卸・加工業者でのロット管理 | 原料入荷から製品出荷までのトレース体制を構築・運用する | 品質管理・製造管理に関心がある人 |
| ITベンダーでのシステム開発 | QRコード・ブロックチェーンを使ったトレーサビリティシステムの開発 | 水産業とITの両方に関心がある人 |
食品衛生・品質管理に関わる仕事の実務は水産加工のHACCPとはでも解説しています。トレーサビリティは制度対応だけでなく、コールドチェーンの温度管理とも密接に関わります。詳しくは水産物のコールドチェーンとはをご覧ください。
水産物トレーサビリティに関するよくある質問
Q1: 水産物トレーサビリティは法律で義務化されていますか?
全魚種を対象にした法的義務ではありません。水産流通適正化法により、アワビ・ナマコ・うなぎ稚魚・太平洋クロマグロ大型魚(2026年4月から)は国内流通時に漁獲証明書の発行が義務付けられ、イカ・サンマ・サバ・マイワシは輸入時に適法採捕証明書の添付が義務付けられています。対象外の魚種については、事業者の自主的な取り組みに委ねられています。
Q2: 2026年に新しく対象になった魚種は何ですか?
太平洋クロマグロの大型魚(30kg以上)が2026年4月1日から水産流通適正化法の対象に追加されました。これによりアワビ・ナマコ・うなぎ稚魚と合わせて、国内流通時に漁獲証明書が必要な魚種は4種類になります。
Q3: なぜアワビとナマコが最初の対象に選ばれたのですか?
密漁が横行しやすく資源管理上のリスクが高い魚種だったためです。うなぎの稚魚(シラスウナギ)も違法採捕や密輸が長年の課題とされており、同時に対象に加えられました。
Q4: QRコードによるトレーサビリティにはどんなメリットがありますか?
消費者がスマートフォンで読み取ると産地・漁獲日・漁法などの情報を確認でき、産地や生産者が見える形になることで、魚価が1割程度上昇し購買意欲が高まるという調査結果があります。差別化が難しい鮮魚売り場で、付加価値を伝える手段として注目されています。
Q5: MSC認証やASC認証とトレーサビリティはどう関係していますか?
MSC認証(天然水産物向け)・ASC認証(養殖水産物向け)はいずれも、認証を受けた水産物が非認証の水産物と混在しないようにするため、CoC認証などの形でトレーサビリティの確保を要件にしています。エコラベルは資源管理・環境配慮の基準を評価する制度で、トレーサビリティはその基準が守られていることを裏付ける手段です。
Q6: IUU漁業とは何ですか?
違法(Illegal)・無報告(Unreported)・無規制(Unregulated)の漁業を指す略称で、世界全体での被害額は年間2兆8,000億円規模に上るという試算があります。トレーサビリティの整備は、IUU漁業で獲られた水産物が正規の流通に紛れ込むのを防ぐことを主な目的としています。
Q7: 水産物トレーサビリティに関わる仕事にはどんなものがありますか?
産地市場・漁協での漁獲証明書発行業務、水産卸・加工業者でのロット管理、ITベンダーでのQRコード・ブロックチェーンシステム開発などがあります。水産物の専門知識と事務・品質管理・ITいずれかのスキルを組み合わせられる人材が求められています。
まとめ:水産物トレーサビリティのポイント
- 水産物トレーサビリティは、生産から消費者に届くまでの流通経路を追跡できる仕組み。IUU漁業排除・食品安全・付加価値向上が目的
- 水産流通適正化法で国内流通時に証明書が必要な魚種はアワビ・ナマコ・うなぎ稚魚で、2026年4月から太平洋クロマグロ大型魚が追加
- イカ・サンマ・サバ・マイワシは輸入時に適法採捕証明書の添付が義務付けられている
- QRコードで産地情報を確認できると魚価が1割程度上昇するという調査結果があり、消費者向けの実装が広がっている
- MSC・ASC認証もCoC認証などでトレーサビリティを確保しており、エコラベルの信頼性を裏付ける基盤になっている
水産物の流通に関心を持った方は、まず豊洲市場の見学ガイドで現場の流通を体感し、漁協の役割については漁業協同組合とはも読んでみてください。専門用語は水産業界用語集で確認できます。
この記事は水産ナビ編集部が執筆しました。水産ナビは水産業界を目指す人と働く人に向けた専門メディアです。詳しくは編集部についてをご覧ください。
参考情報
- 水産庁「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」(https://www.jfa.maff.go.jp/j/kakou/tekiseika.html)— 対象魚種・施行時期の検証に使用
- 水産庁「輸出のための水産物トレーサビリティ導入ガイドライン」(https://www.jfa.maff.go.jp/j/kakou/export/traceability.html)— トレーサビリティの定義・目的の検証に使用
- WWFジャパン「持続可能な漁業のカギ『漁獲証明制度』とその課題」(https://www.wwf.or.jp/activities/opinion/5002.html)— 対象魚種の限定性・IUU漁業対策の課題の検証に使用
- WWFジャパン「世界初の水産物トレーサビリティ世界標準GDST1.0の発表」(https://www.wwf.or.jp/activities/activity/4283.html)— 国際的なトレーサビリティ標準化の動向の検証に使用
- インターテック日本グループ「MSC認証とは」「ASC認証とは」(https://intertekjp.com/column/)— MSC・ASC認証とCoC認証の仕組みの検証に使用
- アイエックス・ナレッジ株式会社「水産トレーサビリティサービス」(https://www.ikic.co.jp/service/traceability.html)— QRコード・ブロックチェーン活用事例の検証に使用


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