最終更新: 2026-05-24
農林水産省の統計によると、日本の海面漁業・養殖業の産出額は約1兆4,228億円(e-Stat 統計表ID: 0001886486)にのぼります。これだけの規模を持つ水産業界で漁を行うには、「漁業権」の理解が欠かせません。
「漁師になりたいけれど、漁業権ってどうやって取るの?」「個人でも取得できるの?」と疑問を感じている方は多いのではないでしょうか。特に都市部から漁師への転職を考えている20〜30代の方にとって、漁業権は最初にぶつかる壁のひとつです。
この記事では、漁業権の3つの種類と取得の具体的な手順、かかる費用、そして2020年12月に施行された改正漁業法による変更点までをわかりやすく解説します。まず漁業権の基本を押さえ、次に取得までのステップを紹介し、最後に都市部からの転職者が漁業権を得るための現実的なロードマップをお伝えします。
漁業権とは?取得前に知っておくべき基礎知識
漁業権とは、一定の水面において特定の漁業を一定の期間、排他的に営むことができる権利です。水産庁が所管する漁業法に基づき、都道府県知事が免許を交付します。
ここで重要なのは、「海は誰のものでもない」という感覚と、実際の法制度にはギャップがある点です。日本の沿岸海域のほとんどには漁業権が設定されており、権利を持たない人が勝手に漁を行うと漁業権の侵害となり、罰則の対象になります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 定義 | 一定の水面で特定の漁業を排他的に営む権利 |
| 法的根拠 | 漁業法(昭和24年法律第267号、2018年改正・2020年12月施行) |
| 免許者 | 都道府県知事 |
| 管理主体 | 主に漁業協同組合(漁協) |
| 免許期間 | 5年または10年(種類により異なる) |
漁業権は物権的な性質を持ち、土地の所有権に近い位置づけです。そのため、相続や譲渡に関しても漁業法上のルールが定められています。
漁業権の3つの種類と違い
漁業権には「共同漁業権」「区画漁業権」「定置漁業権」の3種類があります。それぞれの特徴と対象を正しく理解しておくことが、取得方法を考えるうえでの第一歩です。
| 種類 | 対象となる漁業 | 免許を受けられる者 | 免許期間 |
|---|---|---|---|
| 共同漁業権 | 採貝・採藻、刺し網、地びき網など | 漁業協同組合(漁協)のみ | 10年 |
| 区画漁業権 | 養殖業(魚類、貝類、藻類など) | 漁協、漁業者個人、法人 | 5年または10年 |
| 定置漁業権 | 大型定置網漁業 | 漁業者個人、法人、漁協 | 5年 |
共同漁業権
共同漁業権は、地元の漁協が保有し、その組合員が共同で利用する権利です。沿岸域で行われるアワビ・サザエ・ウニなどの採貝採藻、ワカメ・昆布の採取が代表的な対象です。
個人が共同漁業権を「取得」することはできません。共同漁業権の免許を受けられるのは漁協のみであり、個人は漁協の組合員として「行使」する形になります。つまり、「漁協に加入する」ことが、共同漁業権のもとで漁をする唯一のルートです。
区画漁業権
区画漁業権は、海面の一定区画で養殖業を営むための権利です。ブリ、マグロ、カキ、ノリなどの養殖が該当します。
区画漁業権は、漁協だけでなく個人や法人も免許申請が可能です。ただし、漁場計画で定められた条件を満たす必要があり、既存の漁業権者が適切に利用している場合は優先されます。
定置漁業権
定置漁業権は、大型の定置網を設置して漁を行うための権利です。個人や法人も免許申請が可能ですが、大規模な設備投資(数千万円〜数億円規模)が必要となるため、新規参入のハードルは高めです。
漁業権取得の手順【ステップ解説】
漁業権を取得するまでの具体的な流れを解説します。ここでは、最も多くの漁師志望者が関わる「共同漁業権のもとで漁を行うケース」と、「区画・定置漁業権を直接取得するケース」の2つに分けて説明します。
ケースA:漁協の組合員として共同漁業権を行使する(最も一般的)
#### Step 1:漁師になる地域を決める
まずは漁を行いたい地域を選びます。都市部からの転職を考えている方は、全国漁業就業者確保育成センターが運営する「漁師.jp」や、各都道府県の新規就漁支援制度を利用して情報収集するのが効率的です。
地域を選ぶ際に確認すべきポイントは以下の通りです。
| チェック項目 | 確認先 |
|---|---|
| 漁協が新規組合員を受け入れているか | 各漁協に直接問い合わせ |
| どんな漁業種類が盛んか | 都道府県の水産課 |
| 住居・移住支援はあるか | 自治体の移住支援窓口 |
| 研修制度はあるか | 漁協、都道府県、漁師.jp |
#### Step 2:漁業研修に参加する
多くの地域では、いきなり漁協に加入するのではなく、研修期間を設けています。研修期間は短いもので数週間、長い場合は1〜3年程度です。研修中に漁業の実務を学びながら、地域との信頼関係を築いていきます。
研修制度の例として、水産庁の「漁業担い手確保緊急支援事業」など、新規就漁者向けの支援事業が用意されています。研修期間中の生活費を支援する給付金制度もあるため、各都道府県の水産課や全国漁業就業者確保育成センターに最新の支援内容を確認してみてください。
#### Step 3:漁協に組合員加入を申請する
研修を修了し、地域に定着する意志が確認されたら、漁協への加入申請を行います。
加入には「準組合員」と「正組合員」の2段階があります。準組合員は比較的容易に加入でき、正組合員は一定期間の漁業実績(年間90日以上の漁業従事など)が求められるのが一般的です。
| 区分 | 出資金の目安 | 主な条件 | 行使できる漁業権 |
|---|---|---|---|
| 準組合員 | 5万〜30万円程度 | 地域に居住、漁業に従事する意志 | 限定的(漁協による) |
| 正組合員 | 10万〜100万円程度 | 年間90日以上の漁業従事実績 | 共同漁業権の全範囲 |
出資金は漁協によって大きく異なります。都道府県やエリアによっては、準組合員で5万円程度、正組合員で数十万円というケースもあれば、100万円を超える漁協も存在します。事前に確認しておくことが大切です。
#### Step 4:漁業権を行使して操業開始
正組合員になると、その漁協が保有する共同漁業権の範囲内で漁を行えるようになります。ただし、漁協ごとに「行使規則」が定められており、操業期間や漁具の制限、漁場の区分など細かいルールがあります。これらを守って操業することが、組合員としての義務です。
ケースB:区画漁業権・定置漁業権を直接取得する
個人や法人が区画漁業権や定置漁業権を直接取得する場合、都道府県知事に免許申請を行います。
#### Step 1:漁場計画の公示を確認する
都道府県知事は、漁業生産力の発展のために「漁場計画」を策定・公示します。漁場計画には、どの海域でどの種類の漁業権を免許するかが記載されています。新規に免許を受けたい場合は、この公示を確認し、申請可能な漁場を見つけます。
#### Step 2:免許申請を行う
漁場計画の公示後、所定の期間内に都道府県知事に対して免許申請を行います。申請書には、漁業経営の計画書、資金計画、過去の漁業実績などを添付します。
#### Step 3:審査と免許交付
都道府県知事は、海区漁業調整委員会の意見を聴いたうえで審査を行います。適格性の基準としては、漁業を適確に営むための設備と能力があること、漁場を適切かつ有効に利用すると認められることなどが挙げられます。審査期間は申請から約1か月程度です。
漁業権取得にかかる費用の全体像
漁業権に直接的な「購入費用」はありません。漁業権は売買の対象ではなく、都道府県知事から免許を受ける制度だからです。ただし、漁を始めるまでには以下のような費用が発生します。
| 費用項目 | 目安金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 漁協への出資金 | 5万〜100万円 | 準組合員か正組合員かで異なる |
| 漁船の購入・リース | 100万〜3,000万円 | 中古の小型船なら100万円台から |
| 漁具・装備 | 30万〜200万円 | 漁法によって大きく異なる |
| 住居費(移住の場合) | 自治体の支援あり | 空き家バンク活用で月1〜3万円の地域も |
| 研修期間の生活費 | 月10万〜15万円 | 国の給付金制度を活用可能 |
| 各種資格取得費用 | 5万〜30万円 | 小型船舶操縦免許、海上特殊無線技士など |
合計すると、中古の小型船を購入して沿岸漁業を始める場合、最低でも200万〜500万円程度の初期投資が目安となります。大型定置網漁業や養殖業の場合は、数千万円〜億単位の資金が必要です。
2020年施行・改正漁業法で何が変わったか
2018年に成立し、2020年12月1日に施行された改正漁業法は、約70年ぶりの抜本的な見直しとして注目されました。漁業権に関連する主な変更点を整理します。
| 改正前 | 改正後 |
|---|---|
| 漁業権の免許に法定の優先順位あり | 優先順位を廃止。「漁場を適切かつ有効に利用」する者に免許 |
| 既存漁業権者が自動的に更新されやすい | 適切に利用していない場合は新規参入者に免許される可能性 |
| 企業の新規参入はハードルが高い | 地域の水産業の発展に寄与する企業にも門戸を開放 |
| 漁獲管理はゆるやか | TAC(漁獲可能量)の対象魚種を拡大、IQ(個別割当)制度を導入 |
この改正により、漁協が適切に管理していない漁場や、空いている漁場については、個人や法人が新たに漁業権を取得しやすくなりました。都市部から漁業への参入を考えている方にとっては追い風となる変化です。
ただし、実際の運用ではまだ漁協を通じた加入が主流であり、「改正法があるから誰でもすぐに取得できる」というわけではありません。地域との関係構築が依然として重要であることは変わりません。
都市部から漁師を目指す人の現実的ロードマップ
水産ナビの読者には、都市部の会社員から漁師への転職を考えている20〜30代の方が多くいます。漁業権の取得は「ゴール」ではなく、漁師としてのキャリアをスタートするための「通過点」です。ここでは、現実的なステップをタイムライン形式でまとめます。
| 時期 | やること | ポイント |
|---|---|---|
| 転職決意〜3か月 | 情報収集・漁業体験参加 | 漁師.jp、各地の漁業体験イベント、自治体の就漁相談会に参加 |
| 3〜6か月 | 地域選定・研修先の決定 | 現地訪問は必須。住環境、漁協の受け入れ態勢を自分の目で確認 |
| 6か月〜2年 | 漁業研修(長期) | 国の給付金制度を活用。研修中に小型船舶免許や海上特殊無線技士を取得 |
| 研修修了後 | 漁協に準組合員として加入 | 出資金を納付。まずは準組合員からスタート |
| 加入後1〜3年 | 独立操業・正組合員昇格 | 年間90日以上の漁業従事実績を積み、正組合員へ |
現場の声として、新規就漁者の多くが「研修期間が一番大変だった」と語ります。慣れない土地での生活、早朝3〜4時からの漁、体力的な負荷に加えて、地域コミュニティへの溶け込みが求められるためです。しかし、この期間を乗り越えた先に「自分の船で海に出る」というやりがいが待っています。
全国漁業就業者確保育成センター(漁師.jp)では、年に数回「漁業就業支援フェア」を開催しており、各地の漁協と直接話ができる貴重な機会です。まずはフェアに参加して、リアルな情報を集めることをおすすめします。
水産業界の最新データについては、水産業界の統計まとめページで定期更新しています。漁業産出額や就業者数の推移など、業界の全体像を把握するのに役立ちます。
よくある質問
Q1:漁業権は個人でも取得できますか?
共同漁業権は漁協のみが免許を受けられるため、個人が直接取得することはできません。個人が共同漁業権のもとで漁を行うには、漁協の組合員になる必要があります。一方、区画漁業権や定置漁業権は、条件を満たせば個人でも免許申請が可能です。
Q2:漁業権の取得にはどれくらいの費用がかかりますか?
漁業権そのものに購入費用はありませんが、漁協への出資金(5万〜100万円程度)、漁船・漁具の購入費(100万〜数千万円)、資格取得費用(5万〜30万円)などが必要です。沿岸漁業の場合、初期投資の合計は200万〜500万円程度が目安です。
Q3:漁業権がない状態で魚を獲るとどうなりますか?
漁業権が設定された水域で権利なく漁業を行うと、漁業権侵害として漁業法に基づき100万円以下の罰金が科される可能性があります(2020年12月施行の改正法で厳罰化)。なお、一般的な釣り(遊漁)は漁業権の対象外ですが、アワビ・サザエ・ウニ・ナマコなどの採捕は共同漁業権の侵害にあたる場合があります。
Q4:改正漁業法で企業の参入は本当に簡単になりましたか?
2020年12月施行の改正漁業法により、漁業権免許の優先順位が廃止され、企業の参入ハードルは制度上は下がりました。ただし、実際には漁協が適切に管理している漁場では既存の漁業者が優先されるため、「空いている漁場」への参入が現実的な選択肢です。地域との連携が引き続き重要です。
Q5:漁師になるまでにどれくらいの期間がかかりますか?
情報収集から漁協への加入まで、一般的には1年半〜3年程度です。研修期間が最も長く、短い場合で数か月、長い場合で1〜3年かかります。研修後に準組合員として加入し、実績を積んで正組合員になるまでにさらに1〜3年を要するケースが多いです。
Q6:漁業権の免許期間が切れたらどうなりますか?
免許期間満了後は、都道府県知事が新たに漁場計画を策定し、再度免許の手続きが行われます。適切に漁場を利用していた漁業者は、改正漁業法のもとでも優先的に免許を受けられます。
Q7:漁業権に関する相談はどこにすればいいですか?
各都道府県の水産課(水産振興課)が窓口です。また、全国漁業就業者確保育成センター(漁師.jp)では就漁相談を無料で受け付けています。漁業体験や研修制度の紹介も行っているため、まずはこちらに問い合わせるのが効率的です。
関連記事: 漁師への転職で失敗する7つの原因と回避策【脱サラ前に必読】
まとめ:漁業権取得のポイント
- 漁業権には共同漁業権・区画漁業権・定置漁業権の3種類がある
- 沿岸漁業を始める最も一般的なルートは「漁協の組合員になること」
- 漁協加入には出資金(5万〜100万円程度)と漁業従事実績が必要
- 2020年施行の改正漁業法により、新規参入の制度的ハードルは下がった
- 都市部からの転職は、情報収集から漁協加入まで1年半〜3年が目安
漁業権は複雑な制度ですが、正しく理解すれば決して越えられない壁ではありません。まずは漁師になるための全体像を把握したうえで、漁業に必要な資格を確認し、具体的な行動に移してみてください。
漁師としての年収や働き方が気になる方は、漁師の年収を徹底解説した記事も参考になります。また、地域の漁協がどのような役割を果たしているかを知りたい方は、漁協の役割と仕組みをあわせてご覧ください。
後継者不足の漁村では、移住者を積極的に受け入れている地域もあります。漁業後継者の募集状況もチェックして、自分に合った地域を見つけてください。
参考情報
- 水産庁「漁業権について」(https://www.jfa.maff.go.jp/j/enoki/gyogyouken_jouhou3.html)
- 水産庁「水産政策の改革(新漁業法等)のポイント」(https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h30_h/trend/1/t1_1_3.html)
- 農林水産省 漁業産出額 e-Stat 統計表ID: 0001886486
- 全国漁業就業者確保育成センター「漁師.jp」
- Seafood Legacy Times「これだけは知っておきたい改正漁業法のポイント」(https://times.seafoodlegacy.com/coulmn-revised-fishery-act/)
- 北海道「密漁を許さない~漁業法改正に伴う罰則の強化について~」(https://www.pref.hokkaido.lg.jp/sr/ggk/titsujo_bassokukyouka.html)
- 農林水産省「漁業法等の一部を改正する法律の施行について」(https://www.maff.go.jp/j/kokuji_tuti/tuti/t0000534.html)


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