日本の沿岸漁業の漁獲量のうち、約3割を占めるとされる定置網漁。この漁法は「魚を追いかけない」という特徴から、持続可能な漁業として世界的にも注目を集めています。富山県氷見市に伝わる越中式定置網は、約400年以上の歴史を持ち、「網に入る魚の3割だけいただく」という理念が受け継がれてきました。
「定置網漁ってどういう仕組みで魚が獲れるの?」「巻き網漁やトロール漁とは何が違うの?」と疑問を感じている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、定置網漁の基本的な仕組みから構造の詳細、種類の違い、そして持続可能な漁業としての価値まで、わかりやすく解説します。まず定置網の基本構造を理解し、次に種類ごとの特徴、最後に実際の漁の流れをお伝えしていきます。
定置網漁とは?基本をわかりやすく解説
定置網漁(ていちあみぎょ)とは、魚の回遊経路に網を固定して設置し、自然に入ってくる魚を捕獲する漁法です。巻き網漁や底引き網漁のように船で魚群を追いかけるのではなく、魚の方から網に入ってくるのを「待つ」スタイルが最大の特徴です。
| 項目 | 内容 |
| 定義 | 沿岸の魚の回遊経路に固定した網を設置し、誘導して漁獲する漁法 |
| 歴史 | 安土桃山時代(天正年間・1573〜1592年)に原型が誕生。400年以上の歴史 |
| 特徴 | 魚を追わず「待つ」漁法。持続可能性が高い |
| 主な対象魚 | ブリ、サバ、アジ、イワシ、サケ、イカ、タイ等 |
| 主要地域 | 北海道、富山県、石川県、三重県、高知県など全国の沿岸部 |
定置網漁は「受動的な漁法」とも呼ばれます。魚群探知機で魚を探し、船団で包囲して漁獲する巻き網漁と異なり、定置網は一度設置すれば数か月から1年程度そのまま使い続けます。そのため、燃料消費が少なく、CO2排出量も他の漁法に比べて低いとされています。
定置網の構造|なぜ魚は網に入るのか
定置網漁の核心は、魚の習性を巧みに利用した網の構造にあります。魚が自ら網に入り、出られなくなる仕組みを理解するために、各パーツの役割を見ていきましょう。
定置網の主要パーツ
| パーツ名 | 役割 | 特徴 |
| 垣網(かきあみ) | 魚群の進路を遮断し、身網へ誘導する | 海岸から沖に向かって直線的に張られる。長さ数百mに及ぶ |
| 運動場(うんどうば) | 誘導された魚が泳ぎ回るスペース | 周囲を網で囲った広い空間。魚はここで泳ぎ続ける |
| 登網(のぼりあみ) | 運動場から箱網へ魚を導く通路 | 底面が登り坂、側面が狭くなる構造 |
| 箱網(はこあみ) | 最終的に魚を閉じ込める場所 | 入り口は入りやすく出にくい「返し」構造 |
| 天井網(てんじょうあみ) | 箱網の上部を覆い、魚の逃亡を防ぐ | 魚が上方へ逃げるのを防止 |
魚が入る流れ
定置網に魚が入るメカニズムは、以下の5つのステップで進みます。
Step 1 — 回遊中の魚群が垣網に遭遇
沿岸を回遊する魚は、潮の流れに乗って海岸と平行に泳いできます。そこに海岸から沖に向かって張られた垣網が、進路を遮ります。
Step 2 — 沖側へ方向転換
障害物(垣網)に遭遇した魚は、本能的に安全な方向、つまり沖側(深い方)へ進路を変えます。この「障害物を避けて深い方へ向かう」という魚の習性が、定置網漁の原理の核心です。
Step 3 — 運動場に誘導される
垣網に沿って泳いだ魚は、その先に設けられた運動場に自然に入り込みます。運動場は広い空間なので、魚は危険を感じることなく泳ぎ回ります。
Step 4 — 登網を通って箱網へ
運動場の中で泳ぐうちに、魚は登網の入り口に到達します。登網は底面が坂道になっており、側面が徐々に狭くなる構造のため、魚は自然と箱網の方向へ進みます。
Step 5 — 箱網に閉じ込められる
箱網の入り口には「返し」と呼ばれる構造があり、入った魚が外に出にくい設計です。天井網が上部を覆っているため、上方へ逃げることもできません。こうして箱網に集まった魚を、漁師が「網起こし」で引き揚げます。
重要なのは、この仕組みではすべての魚が獲れるわけではないという点です。垣網に遭遇しても深い方を通過してしまう魚、運動場から出てしまう魚も多く、実際に箱網まで到達するのは回遊してきた魚のうちごく一部です。これが定置網漁が「持続可能」と言われる理由の一つです。
定置網漁の種類・分類
定置網は規模や構造によっていくつかの種類に分類されます。
| 種類 | 規模 | 特徴 | 対象魚 | 主な地域 |
| 大型定置網 | 全長500m〜1,000m以上 | 大規模な企業・漁協が運営。設置に数千万〜数億円 | ブリ、サバ、マグロ等の大型回遊魚 | 北海道、富山、石川、三重 |
| 小型定置網 | 全長50m〜200m程度 | 個人・家族経営でも運営可能 | アジ、イワシ、サヨリ等の小型魚 | 全国の沿岸部 |
| 落とし網(大謀網) | 大型の一種 | 箱網の底が開く構造で、大量の魚を一度に取り込める | ブリ、マグロ | 富山、石川 |
| さけ定置網 | 中〜大型 | サケの遡上経路に設置 | サケ | 北海道、東北 |
大型定置網
大型定置網は、漁獲量の面で日本の沿岸漁業を支える重要な漁法です。全長が1,000mを超えるものもあり、設置・維持には大規模な資金と人員が必要です。通常、漁業協同組合や企業が運営し、1つの網に10〜20人以上のチームで作業を行います。
設置場所は沿岸部の水深20〜50m程度の海域が多く、漁業権が設定された区域で操業します。網の耐用年数は一般的に3〜5年で、修繕や交換のコストも大きな経費となります。
小型定置網
小型定置網は、大型定置網に比べて構造が簡素で、個人や家族単位でも運営できます。投資額は数百万〜数千万円程度で、沿岸部の小規模漁業者にとって重要な収入源です。
小型定置網は「一定の場所に5日以上にわたり網を設置して魚を獲る」漁法として法的に定義されており、設置には漁業権(定置漁業権または共同漁業権)が必要です。
越中式定置網 — 400年の歴史が息づく伝統漁法
越中式定置網は、富山県氷見市を発祥とする定置網漁の一形態で、現代の大型定置網の原型となった歴史的に重要な漁法です。
| 時代 | 発展の経緯 |
| 安土桃山時代(天正年間) | 氷見周辺で原型となる「台網」が誕生 |
| 江戸時代 | 台網が発展し、ブリの大量漁獲が可能に |
| 明治時代 | 日高式大敷網が登場。網の大型化が進む |
| 大正時代 | 上野式大謀網が開発。網口の改良で漁獲効率が向上 |
| 昭和〜現代 | 越中式鰤落とし網が主流に。「二重落とし」構造が確立 |
氷見の越中式定置網で特筆すべきは、「網に入った魚の3割だけをいただく」という理念です。箱網に入った魚のうち、小さすぎるもの・産卵期のものは網の目から逃げられるように設計されており、資源の持続的な利用を実現しています。この考え方は、現代のSDGs(持続可能な開発目標)の理念と合致するものとして、国際的にも評価されています。
実際の漁の流れ|未明から始まる1日
定置網漁の1日は、多くの場合未明に始まります。ここでは大型定置網漁の一般的な作業の流れを紹介します。
| 時間帯 | 作業内容 | 詳細 |
| 午前2〜3時 | 出港準備 | 船の点検、氷の積み込み、クルーの集合 |
| 午前3〜4時 | 出港・漁場到着 | 港から漁場までは通常15〜30分程度 |
| 午前4〜6時 | 網起こし | 箱網を引き揚げ、魚を船内に取り込む作業。1〜2時間 |
| 午前6〜7時 | 帰港・水揚げ | 港で魚種別に仕分け、計量 |
| 午前7〜9時 | 選別・出荷 | 鮮度を保ったまま市場・加工場へ出荷 |
| 午後 | 網の補修・整備 | 破れた網の修繕、次回操業の準備 |
「網起こし」の作業
定置網漁で最も重要かつ体力を要する作業が「網起こし」です。箱網の底を徐々に引き上げ、魚を水面近くに追い込んでから、たも網や吸引ポンプで船内に取り込みます。
大型定置網の場合、1回の網起こしで数トンから数十トンの魚が獲れることもあります。特にブリやサバの回遊シーズンには大漁になりやすく、この瞬間が定置網漁の醍醐味とされています。
一方で、網起こしは天候・潮流・魚の量によって危険を伴うこともあります。海が荒れている日は操業を見送る判断も必要で、安全管理と判断力が求められます。
定置網漁のメリット|持続可能な漁法として
定置網漁が持続可能な漁法として評価される理由を整理します。
資源にやさしい — 前述の通り、回遊してきた魚のすべてを獲るわけではなく、箱網に入った一部のみを漁獲します。氷見の越中式では「3割漁獲」の理念が実践されており、魚の再生産を妨げにくい漁法です。
燃料消費が少ない — 魚を追いかける必要がないため、漁船の燃料消費量が巻き網漁やトロール漁に比べて大幅に少なくなります。結果としてCO2排出量も低く、環境負荷の小さい漁法です。
多魚種が漁獲できる — 定置網には回遊してくるさまざまな魚種が入ります。1回の網起こしで10種類以上の魚が獲れることも珍しくなく、地域の食文化の多様性を支えています。
鮮度が高い — 巻き網漁のように大量の魚を一気に圧縮して獲る方法と異なり、定置網では魚が比較的自由に泳いだ状態で捕獲されます。そのため、魚体の損傷が少なく、鮮度の高い状態で水揚げできます。
定置網漁の注意点・デメリット
一方で、定置網漁には以下のような課題もあります。
初期投資が大きい — 大型定置網の設置には数千万〜数億円の費用がかかります。網の製作・設置・アンカー打ちなど、専門的な技術と大規模な作業が必要です。
気象・海象の影響を受けやすい — 台風や大時化で網が破損するリスクがあります。毎年の補修費用も無視できず、自然災害によっては網全体の交換が必要になることもあります。
漁獲量の変動 — 魚の回遊ルートは海水温や潮流の変化によって年ごとに異なります。魚が回遊してこなければ漁獲量はゼロに近くなるため、収入が安定しないというリスクがあります。
混獲の問題 — さまざまな魚種が入るメリットの裏返しとして、ウミガメやイルカなどの海洋生物が混獲されるケースがあります。脱出口の設置など、混獲対策の技術開発が進められています。
現場の声|定置網漁の実際
定置網漁の現場で働く漁師からは、「定置網は漁の中でもチームワークが一番重要」という声がよく聞かれます。大型定置網の網起こしは10人以上のクルーで行い、声を掛け合いながら重い網を引き揚げるチームプレーが求められます。
実際の現場では、早朝の厳しい寒さや荒天時の判断など、体力と経験が問われる場面が多くあります。しかし、大漁の日に箱網から溢れんばかりの魚が飛び跳ねる光景は「何年やっても興奮する」と語るベテラン漁師もいます。
近年は、定置網にIoTセンサーを取り付けて箱網内の魚の量をリアルタイムでモニタリングする技術も登場しています。無駄な出港を減らし、最適なタイミングで網起こしを行えるようになることで、作業効率と燃料削減の両面で成果が出始めています。
水産業界でのキャリアを考えている方にとって、定置網漁は沿岸漁業の中でも比較的安定した就業形態です。漁業協同組合に所属して従業員として働くケースが多く、漁師になるためのキャリアガイドで紹介しているように、未経験からでも参入しやすい漁法の一つです。
定置網漁の仕組みに関するよくある質問
Q1: 定置網漁と底引き網漁の違いは何ですか?
最大の違いは「魚を追うかどうか」です。定置網漁は網を固定して魚が入るのを待ちますが、底引き網漁は船で網を引きずり、積極的に魚を捕獲します。定置網漁の方が燃料消費が少なく、海底への影響も小さいとされています。
Q2: 定置網漁はどのくらいの費用がかかりますか?
大型定置網の設置費用は数千万〜数億円規模です(2026年3月時点)。網の製作、設置工事、アンカー打ちなどが主な費用です。年間の維持費(補修・燃料・人件費)も数百万〜数千万円かかります。小型定置網であれば、数百万〜数千万円程度で始められるケースもあります。
Q3: 定置網漁で獲れる魚にはどんなものがありますか?
設置場所と季節によって異なりますが、ブリ、サバ、アジ、イワシ、サケ、イカ、タイ、ヒラメなど多種多様な魚が獲れます。1回の網起こしで10種類以上の魚が入ることも珍しくありません。富山県氷見市の定置網では「氷見の寒ブリ」が全国的に有名です。
Q4: 定置網漁は環境にやさしいのですか?
他の漁法と比較すると環境負荷は低いとされています。理由は3つあります。①魚を追わないため燃料消費・CO2排出が少ない ②回遊魚の一部のみを漁獲するため乱獲になりにくい ③海底を引きずらないため海底環境を破壊しない。ただし、混獲の問題は残っており、改善の取り組みが続けられています。
Q5: 定置網漁の漁師になるにはどうすればよいですか?
漁業協同組合や定置網漁業会社に従業員として就職するのが一般的なルートです。全国漁業就業者確保育成センター(漁師.jp)で求人情報を確認できます。未経験でも受け入れている漁業者は多く、入社後に先輩から技術を学ぶOJT形式が一般的です。漁業就業支援フェアに参加するのも有効な方法です。
Q6: 定置網はどのくらいの期間設置されていますか?
通常、設置期間は数か月〜1年程度です。ブリやサケなどの回遊シーズンに合わせて設置・撤去するケースや、年間を通して設置し続けるケースがあります。台風シーズン前に一時撤去する地域もあります。網の耐用年数は一般的に3〜5年で、定期的な補修が必要です。
Q7: 定置網漁と巻き網漁はどちらが多くの魚を獲れますか?
1回あたりの漁獲量は巻き網漁の方が多い場合がほとんどです。巻き網漁では1回の操業で数十〜数百トンを漁獲できますが、定置網漁は数トン〜数十トンが一般的です。ただし、定置網漁は毎日操業できる(天候が許す限り)ため、年間の累計漁獲量では大型定置網も相当な量に達します。
まとめ:定置網漁の仕組みを知り、持続可能な漁業を考えよう
定置網漁の仕組みのポイントを整理します。
- **「待つ漁法」** — 魚を追わず、回遊経路に網を設置して誘導・捕獲
- **5つのパーツ** — 垣網→運動場→登網→箱網→天井網で構成
- **400年以上の歴史** — 越中式定置網が現代の大型定置網の原型
- **持続可能な漁業** — 燃料消費少、乱獲リスク低、海底環境への影響小
- **チームワークの漁** — 大型定置網は10人以上で協力して操業
定置網漁は、日本の沿岸漁業を支える基幹的な漁法であり、持続可能な漁業のモデルケースとしても世界から注目されています。まずは各地の漁港や市場を訪れて、定置網で獲れた新鮮な魚を味わってみてはいかがでしょうか。
水産業界のキャリアに興味がある方は、漁師になるための完全ガイドもぜひご覧ください。
参考情報
- 全国漁業就業者確保育成センター 漁師.jp「定置網漁」(https://ryoushi.jp/gyogyou/engan/teichi-ami/)
- ホクモウ株式会社「定置網漁について」(https://www.hokumo.net/fishery/net/about.html)
- JFS ジャパン・フォー・サステナビリティ「網に入る魚の3割だけいただく持続可能な漁業 — 氷見の越中式定置網」(https://www.japanfs.org/sp/ja/news/archives/news_id035569.html)
- 網代漁業株式会社「定置網に魚が入る仕組み」(https://www.ajirogyogyou.com/teichiami_shikumi)
- 神奈川県「相模湾の定置網漁業」(https://www.pref.kanagawa.jp/docs/jx3/cnt/f532586/p1045256.html)


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