最終更新: 2026-09-10
青森県陸奥湾では、2023年秋から2024年にかけて養殖2年貝の平均へい死率が93.3%という過去最悪の数字を記録しました。かつて10万トンを超えていた生産量が1万トン規模まで落ち込むという報道も出ています。Googleトレンドでも「ホタテ養殖」は年間を通じて安定した検索需要があり、2026年6月に関心度のピークを記録しました。中国の全面禁輸という逆風を乗り越えたと思ったら、今度は海水温の上昇という自然の脅威が襲いかかっている──それが2026年時点のホタテ養殖業界のリアルです。
「ホタテはどうやって育てられているのか」「垂下式と地まき式は何が違うのか」「なぜ北海道と青森で生産量に差があるのか」「高水温の危機は今どうなっているのか」。こうした疑問に、水産ナビ編集部が農林水産省の統計と業界報道の一次情報をもとに答えます。
この記事では、まずホタテ養殖が水産業全体で占める位置づけを統計で確認し、次に垂下式・地まき式という2つの養殖方式の仕組みと1年半の育成工程、都道府県別の生産構造、そして高水温によるへい死危機と中国禁輸からの輸出回復という2つの試練を順に解説します。最後にホタテ養殖の仕事に関心がある人向けの情報とFAQをまとめました。
ホタテ養殖とは?養殖業の中での位置づけを統計で解説
ホタテ養殖とは、ホタテガイの稚貝を海中の施設で育成し、成貝になるまで1年半から4年かけて育てる産業です。天然採苗した稚貝、または人工種苗を用い、垂下式(海中に吊るす方式)または地まき式(海底に放流する方式)のいずれかで育成します。魚類養殖と異なり餌を与える必要がなく、プランクトンを自然に取り込んで成長するため、環境負荷の小さい養殖業として知られています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 養殖対象 | ホタテガイ(帆立貝) |
| 主な養殖方式 | 垂下式(海中吊るし)・地まき式(海底放流) |
| 育成期間 | 垂下式1〜2年、地まき式2〜4年 |
| 産出額 | 242億円(農林水産省 漁業産出額 令和2年) |
| 生産量 | 17万2,078トン(農林水産省 海面漁業生産統計調査 令和4年) |
| 主産地 | 北海道(噴火湾・オホーツク海・日本海沿岸)、青森県(陸奥湾) |
養殖品目別の産出額比較
農林水産省「漁業産出額(令和2年)」に基づく海面養殖業の主要品目別産出額を見ると、ほたてがいはぶり類・のり類・くろまぐろ・まだいに次ぐ第6位です。
| 順位 | 品目 | 産出額 | 海面養殖業計に占める割合 |
|---|---|---|---|
| 1位 | ぶり類 | 1,065億円 | 24.4% |
| 2位 | のり類 | 1,043億円 | 23.9% |
| 3位 | くろまぐろ | 471億円 | 10.8% |
| 4位 | まだい | 443億円 | 10.2% |
| 5位 | かき類 | 324億円 | 7.4% |
| 6位 | ほたてがい | 242億円 | 5.5% |
| – | 海面養殖業計 | 4,357億円 | 100% |
貝類全体の産出額572億円のうち、ほたてがいは42.3%を占め、かき類(324億円)と並んで貝類養殖の二本柱です。かき類養殖の仕組みはカキ養殖の方法で解説しています。産出額だけを見るとぶり類やのり類の後塵を拝しますが、生産量ベースでは17万トンを超え、貝類養殖の中では最大の規模を誇ります。
ホタテ養殖の仕組み:垂下式と地まき式
ホタテ養殖には性格の異なる2つの方式があり、育て方も収穫までの期間も大きく異なります。
垂下式養殖:海中に吊るして1〜2年で育てる
垂下式養殖は、稚貝をロープや篭に入れて海中に吊るし、水中でプランクトンを取り込ませながら育てる方式です。噴火湾、津軽海峡、サロマ湖、日本海沿岸のほとんどの地域でこの方式が採用されています。1月下旬から4月上旬にかけて、稚貝の殻に小さな穴を開けて糸を通し、ロープに結んで海中に吊るす「耳吊り」という作業を行います。耳吊りをしてから1年半ほどで、身が厚く肉厚なホタテに成長します。
地まき式養殖:海底に放流して2〜4年育てる
地まき式(地撒き式)は、1年ほど育てた稚貝を海底に放流し、天然に近い環境で2〜4年かけて成長させる方式です。オホーツク海沿岸ではこの「地まき漁業」が中心で、放流した稚貝が海底で自然の餌を食べながら育ち、漁期に底引き網などで漁獲します。垂下式が海中の管理された環境での短期集中育成であるのに対し、地まき式は海底での自然に近い長期育成という対照的な特徴があります。
稚貝の分散作業と育成工程
| 時期 | 工程 | 作業内容 |
|---|---|---|
| 春〜初夏 | 採苗 | 天然採苗器または人工種苗施設で稚貝を確保する |
| 夏〜秋 | 分散作業(1回目) | 稚貝をふるいにかけて選別し、篭あたりの収容数を減らしながら密度を調整する |
| 翌年1月下旬〜4月上旬 | 耳吊り | 垂下式の場合、稚貝に穴を開けて糸を通しロープに吊るす |
| 2年目2月〜4月 | 分散作業(2回目) | 殻長5〜6cm程度に成長した稚貝を、より網目の大きい籠に移し替える |
| 耳吊りから1年半後 | 収穫 | 垂下式は身の厚い成貝を水揚げする |
垂下式・地まき式いずれも、稚貝の密度管理が身入りと成長速度を左右します。密度が高すぎると餌の奪い合いで成長が遅れ、低すぎると生産効率が落ちるため、分散作業を繰り返しながら最適な密度に調整していく、手間のかかる産業です。
ホタテ養殖の産地構造:北海道と青森で9割以上
農林水産省「海面漁業生産統計調査(令和4年)」によると、ホタテ養殖の全国生産量は17万2,078トンで、そのうち北海道が8万5,492トン(49.7%)を占めています。残りの大半を青森県が生産しており、北海道の噴火湾・日本海沿岸と、青森県の陸奥湾という2つの海域だけで全国生産量の9割以上をまかなう構造です。
| 産地 | 主な養殖方式 | 特徴 |
|---|---|---|
| 北海道・噴火湾 | 垂下式 | 津軽海峡に面し水質が安定。ホタテ養殖の主力産地 |
| 北海道・オホーツク海沿岸 | 地まき式 | 放流貝を4年かけて育てる「地まき漁業」が中心 |
| 北海道・日本海沿岸 | 垂下式 | サロマ湖を含む複数のエリアで垂下養殖が行われる |
| 青森県・陸奥湾 | 垂下式 | 全国有数の垂下式養殖の集積地。後述の高水温被害が特に深刻 |
| 岩手県・宮城県 | 垂下式 | 北海道・青森に次ぐ生産量。三陸沿岸で展開 |
北海道と青森県で産地が二極化しているのは、垂下式に適した静穏な内湾(噴火湾・陸奥湾)と、地まき式に適した広大な浅海域(オホーツク海)がそろっているという地理的条件によるものです。天然のホタテ漁業の仕組みについてはホタテ漁業の仕組みで解説しています。養殖と天然を合わせた国内生産量は50万トン前後で、世界的に見ても日本は有数のホタテ生産国です。
陸奥湾を襲った高水温危機:2年貝の93.3%が死んだ
ホタテ養殖が直面している最大の課題は、海水温の上昇による大量死です。青森県の陸奥湾では、2023年秋から2024年にかけて養殖2年貝の平均へい死率が93.3%という過去最悪の水準を記録したと報じられています。
なぜ大量死が起きたのか
ホタテは水温が23℃を超えると成長が停滞し始め、26℃を超えると急激にへい死リスクが高まる貝です。2022年秋以降、三陸沖では黒潮続流が北上する影響で記録的な高水温が続き、平年より最大で約10℃高い水温が観測されました。海洋の生物としては人間が体温を10℃も上げられた状態に近く、ホタテにとっては致命的な環境変化です。気象庁の診断でも、2024年の日本近海の年平均海面水温は基準開始(1908年)以来の過去最高を更新しています。
| 水温の目安 | ホタテへの影響 |
|---|---|
| 23℃以下 | 通常の成長環境 |
| 23℃超 | 成長が停滞し始める |
| 26℃超 | へい死リスクが急激に高まる |
産地の対応:他貝種への転換と県外稚貝の導入
青森県は対策として、県外から稚貝を導入して養殖を継続する方法の検討や、マガキ・アサリ・ホッキ貝といった他の貝類への転換を漁業者に呼びかけています。かつて10万トンを超えていた陸奥湾の生産量が1万トン規模まで落ち込んだという報道もあり、「ホタテが消える冬」と表現されるほどの構造変化が起きています。
> 編集部メモ: 北海道の養殖関係者に話を聞くと、「陸奥湾ほどの壊滅的な被害は出ていないが、夏場の水温観測を今まで以上に細かくチェックするようになった」という声が聞かれました。噴火湾でも夏の高水温期に稚貝を深いタナに移す「垂下深度の調整」を試みる経営体が増えており、現場レベルでは温暖化を前提にした養殖管理へのシフトが静かに進んでいます。
中国禁輸からの輸出回復:906億円で過去最高水準に
高水温と並ぶもう一つの試練が、2023年8月に始まった中国による日本産水産物の全面禁輸でした。禁輸開始当初、ホタテの輸出額467億円の51%を中国向けが占めていたため、業界は輸出先を丸ごと失う打撃を受けました。
| 年 | 輸出の状況 |
|---|---|
| 2023年8月 | 中国が日本産水産物を全面禁輸。ホタテ輸出額の51%が中国向けだった |
| 2025年11月 | 部分的に輸出再開。北海道産ホタテが約2年ぶりに中国へ向かう |
| 2025年内 | 高市早苗首相の台湾有事をめぐる発言を受け、中国が新規輸出申請を再び凍結 |
| 2025年通年 | 輸出額906億円(前年比30.4%増)に達し、過去最高水準に迫る回復 |
禁輸から2年以上が経過する中、業界は中国以外への輸出先開拓、国内消費の応援キャンペーン、国内加工能力の増強によって輸出額を過去最高水準まで押し戻しました。中国向けの輸出再開と再停止が繰り返される不安定な状況が続いていますが、それでも全体の輸出額が禁輸前の水準に迫っているのは、代替市場の開拓が着実に進んだ結果です。水産物の輸出全体の動向は水産物輸出の現状でも解説しています。
詳しい統計データは水産業界データまとめページをご覧ください。
ホタテ養殖の仕事に就くには
ホタテ養殖は漁業権に基づく区画漁業のため、個人が単独で新規参入することは難しく、現実的な入口は以下の3つです。
| 入口 | 概要 | 向いている人 |
|---|---|---|
| 漁業者のもとで雇用 | 耳吊り・分散作業・水揚げの繁忙期に季節雇用や通年雇用で働く | まず現場を知りたい未経験者 |
| 後継者・第三者承継 | 高齢の経営体から施設・漁業権を引き継ぐ | 数年かけて独立を目指す人 |
| 流通・加工側から関わる | 産地市場での取引、冷凍・加工工場での勤務 | 海に出ずに水産業に関わりたい人 |
養殖業全体の始め方や漁業権の考え方は養殖業の始め方、収入の目安は水産養殖業の年収で詳しく解説しています。
ホタテ養殖に関するよくある質問
Q1: ホタテ養殖の垂下式と地まき式はどう違いますか?
垂下式は稚貝をロープや篭に入れて海中に吊るし1〜2年で育てる方式で、噴火湾・陸奥湾など内湾で主流です。地まき式は1年育てた稚貝を海底に放流し2〜4年かけて育てる方式で、オホーツク海沿岸が中心です。垂下式は管理された環境での短期育成、地まき式は自然に近い長期育成という違いがあります。
Q2: ホタテ養殖はどこで盛んですか?
農林水産省「海面漁業生産統計調査(令和4年)」によると、全国生産量17万2,078トンのうち北海道が8万5,492トン(49.7%)を占め、残りの大半を青森県が生産しています。北海道の噴火湾・オホーツク海・日本海沿岸と青森県の陸奥湾で、全国生産量の9割以上を占めます。
Q3: 陸奥湾のホタテはなぜ大量死したのですか?
2022年秋以降、三陸沖で黒潮続流の北上により記録的な高水温が続き、平年より最大約10℃高い水温が観測されたためです。ホタテは水温23℃超で成長が停滞し、26℃超でへい死リスクが急激に高まります。2023年秋から2024年にかけて陸奥湾の養殖2年貝は平均93.3%という過去最悪のへい死率を記録しました。
Q4: 耳吊りとは何ですか?
垂下式養殖で行う作業で、稚貝の殻に小さな穴を開けて糸を通し、ロープに結んで海中に吊るす工程です。1月下旬から4月上旬にかけて行われ、耳吊りをしてから1年半ほどで身の厚い成貝に成長します。
Q5: 中国の禁輸によってホタテ輸出はどうなりましたか?
2023年8月の全面禁輸で輸出額467億円の51%を失いましたが、輸出先の開拓と国内加工の増強により、2025年通年の輸出額は906億円(前年比30.4%増)まで回復し、過去最高水準に迫りました。2025年11月には部分的に対中輸出も再開しましたが、その後の外交的な緊張で再び凍結される不安定な状況が続いています。
Q6: ホタテ養殖と天然のホタテ漁業はどう違いますか?
養殖は稚貝を垂下式や地まき式で人が管理して育てるのに対し、天然のホタテ漁業は海底に自然に生息する成貝を桁網などの漁具で漁獲します。地まき式は放流した稚貝を天然に近い環境で育てる点で、養殖と天然漁業の中間的な性格を持ちます。
Q7: 未経験からホタテ養殖の仕事に就けますか?
可能です。耳吊りや分散作業、水揚げの繁忙期には季節雇用の求人が各地の漁協や漁業就業支援フェアで出ます。独立するには漁業権が必要なため、まず現場で数年働き、後継者承継の形で経営体になるのが現実的なルートです。
関連記事: ワカメ養殖の仕組みとは?自給率25%の裏側と三陸・鳴門ブランドの産地構造
まとめ:ホタテ養殖のポイント
- ホタテ養殖の産出額は242億円、生産量は17万2,078トン(農林水産省 令和2〜4年)。貝類養殖の中で最大規模
- 垂下式(海中吊るし・1〜2年)と地まき式(海底放流・2〜4年)の2方式があり、耳吊りは1月下旬〜4月上旬に行う
- 北海道が全国生産量の49.7%、残りの大半を青森県が占め、2道県で9割以上を生産
- 陸奥湾では2022年秋以降の記録的高水温により、2023〜2024年に養殖2年貝の平均93.3%が死ぬ過去最悪の被害が発生
- 中国の全面禁輸で輸出額の51%を失ったが、輸出先開拓と国内加工増強で2025年輸出額は906億円(前年比30.4%増)まで回復
ホタテ養殖の仕事に興味を持った方は、まず養殖業の始め方で就業ルート全体を把握し、他の貝類養殖との違いをカキ養殖の方法や海藻養殖の海苔養殖の仕組みと産地ランキングと読み比べてみてください。専門用語は水産業界用語集で確認できます。
この記事は水産ナビ編集部が執筆しました。水産ナビは水産業界を目指す人と働く人に向けた専門メディアです。詳しくは編集部についてをご覧ください。
参考情報
- 農林水産省「漁業産出額(令和2年)主要魚種別海面養殖業産出額」(e-Stat 政府統計の総合窓口)— ほたてがい産出額・養殖品目別比較の検証に使用
- 農林水産省「海面漁業生産統計調査 令和4年漁業・養殖業生産統計」— 全国生産量・北海道の生産シェアの検証に使用
- 北海道立総合研究機構「ほたてがい養殖漁業(種苗生産)」(https://www.hro.or.jp/fisheries/)— 垂下式・地まき式の育成方式の検証に使用
- 株式会社隆勝丸「ホタテの養殖の流れ」「耳吊りでの養殖作業」(https://www.ryushomaru.co.jp/)— 耳吊り工程・育成期間の検証に使用
- 朝日新聞・ダイヤモンド・ビジョナリー「陸奥湾ホタテ、過去最悪の大量死」報道(2024年)— 2年貝へい死率93.3%・青森県の対応策の検証に使用
- 気象庁「臨時診断表 2024年の日本近海の年平均海面水温」(https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/)— 海面水温の過去最高更新の検証に使用
- 日本経済新聞・ライブドアニュース「中国の禁輸措置が裏目に、日本のホタテ輸出が過去最高水準に迫る」(2026年6月)— 2025年輸出額906億円・前年比30.4%増の検証に使用


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